1 弱電気魚からのヒント
ここでは、弱電気魚について取り上げます。
そもそも電気魚とは、何でしょう。電気魚は水中(海水でも淡水でも)に生息する魚で、体の細胞で電気を発生し、その電気を捕食、自衛、探査等に利用している魚です。
この電気を発生する魚は、大きく分けると2種類あり、一種は、「強電気魚」で、電気ウナギやシビレエイのように強い電気を発生し捕食などに利用する種、もう一種は、「弱電気魚」で、低電圧の電気を利用し、周辺をレーダのように探査したり、相互通信に利用する種です。
百聞は一見にしかずと、早速、実物を見てきました。東京タワー水族館へgo!
よく知られている電気ウナギは、最高800ボルトもの高電圧を発生し、獲物を感電させ弱ったところを捕食します。また、敵からの攻撃に対し自衛するためにも使われています。電気ナマズもヒトが感電するような電気を発生します。これらが「強電気魚」です。体の周りに電場を作ることによって周囲を探るためにも利用しているそうです。
~強電気魚~ 電気ウナギ と 電気ナマズ ~(協会撮影)
また、主に淡水に住む弱電気魚ですが、ブラックゴーストとエレファントノーズフィッシュを見てきました。
ブラックゴーストは、ペルー、ベネズエラなど南米の川に生息する魚です。連続する電気パルス波を発生させ、障害物や餌などを探知できます。最近は観賞用としても人気です。
~弱電気魚~ ブラックゴースト ~(協会撮影)
エレファントノーズフィッシュは、アフリカのコンゴ川流域に生息している淡水魚で、ぞうの鼻のようなくちばしを有していることからこの名前がつけられました。尾柄部に発電機能を持っています。
~弱電気魚~ エレファントノーズフィッシュ ~(協会撮影)
これら弱電気魚は、体内細胞で発電した電気を使って、魚体近傍の水中に電磁界を発生し、この電磁界の変化を体表面に分布する電気感受器官で探知することによって、エサや障害物の電気定位を行う能力を有しているとのことです。
また、同種の電気魚に遭遇した場合、双方の魚が自分の発する電気のパルス周波数を変更して混信しないよう反応するそうです。実に巧みですね。
この魚は、1ボルト程度の低電圧の電気で、透明度の高い水中ならば2メートルほど離れたところでも周辺の状況を把握できるとのこと、これは驚異的な能力です。
このような能力を、どのような仕組みで実現しているのでしょうか、大変興味深いところです。
この弱電気魚の持つ水中での通信・探知機能を、特に海中での通信等に応用できないか、という観点から調査をスタートしました。
ところが、意外な展開が待っていました。この弱電気魚が最新のニューロコンピュータの研究に繋がって行ったのです。
≪ 水中での電磁波の利用 ≫
通常、電磁波(電波)は、水中での減衰が大きいため、ほとんど水中通信用に使われません。 数少ない例として、オメガシステム(超長波(VLF:10~20KHz付近)の利用)があります。この周波数帯の電波は海面下数十メートル付近まで到達します。 ただし、設備が大変大型化(巨大アンテナ、高電力)するため、民間での利用はなくなり、現在では潜水艦との軍事用通信に使われているだけです。
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≪ 水中での音響通信 ≫
現在、水中通信には、主に音響が利用されています。後述しますが、イルカや鯨も海中でこの音響通信を使っています。 国立研究開発法人海洋研究開発機構では、次世代型潜行探査機(AUV)の開発を進めていますが、この探査機用に開発されている水中音響機器の性能は、 〇 高速音響通信・・・・通信速度80Kbps、通信距離900メートル 〇 長距離音響通信・・・ 通信距離1,000Kメートル とのことです。随分と開発が進んでいると感じました。 JAMSTECのHPより (http://www.jamstec.go.jp/maritec/j/development/auv/index.html) |
2 脳・神経系におけるコミュニケーションとコンピュテーション
~ 「コミュニケーションの原点は同期作用、コンピュータの原点は相関操作(関係性の演算)です。」(瀧澤先生)
当初、通信技術に携わり、弱電気魚からニューロン、そしてニューロコンピュータまで研究されている統計数理研究所の瀧澤先生にお話をお伺いすることができました。
~ 統計数理研究所 瀧澤先生の研究室にて ~
瀧澤先生の初期の研究は、携帯電話のW-CDMA方式の研究とのことでした。
そして、このW-CDMAの開発の一人として、2004年に電気通信普及財団からテレコムシステム技術賞を受賞されています。
その後、通信界では、高速データ通信に向け様々な通信方式が考案されていきましたが、そのハードの基礎技術であるデジタルチップの微細化、高集積化が進むにつれ、その限界が近づき、更に消費電力の増加やチップ温度上昇により、技術開発の困難さが立ちはだかってきました。
この頃から、この課題を一気に解決する新たな研究テーマとして、脳が行っている情報処理に着目し、1998年からニューロン研究のためヴァージニヤ大学に学び、帰国後の2002年からは、弱電気魚を一つの材料として一連の研究に取り組んで行ったそうです。
この弱電気魚の研究では、混信回避行動とコミュニケーションを実現する始原的な脳神経システムの分析を通じて、人体の各種センサと脳とで構成するニューロン(神経細胞)系における情報処理のしくみの解明が進められました。
~ ニューロンの構造 ~
ニューロンの仕組みを従来からの定説にとらわれず研究した結果、「受動素子」的な構造から、「能動素子」的な構造として捉えることにより、今まで近似的な説明に留まっていたニューロンの電気的所作を、数値解析で証明できる最適モデル化することに成功しました。
具体的には、有機物であるニューロンが液体トランジスタ発信器として動作していることを解明したのです。これは、各国の特に医学・薬学系の研究者から注目されました。
この論文により、平成24(2012)年「NEUROLOGY12 Best Paper Award」を受賞されています。
生体のニューロン(単体及び集合体)を解析する際の大きなポイントは、フィードバック(帰還)とシンクロ(同期)でした。これは通常の電気回路設計における最も基本的な考え方と同じです。
その後、脳がイベントの起きた時刻・空間を瞬時に処理し、行動に反映することができる脳内地図の形成原理について解明を進めました。
中でも聴覚に基づく時間・空間事象の知覚に関する研究を行い、3次元空間で同時ランダムに発生する複数の音源に対し、発生位置と発生時刻とを推定できる信号処理方式の解明に成功しました。
この一部原理は、LNGタンカーの積載量を把握するためLNGの正確な液面測定、船舶事故で海上に流出した油量測定などに応用できます、とのことです。
「ニューロン集合体には、従来システムでは実現されていない未知の能力が秘められています。実際、脳は画像(視覚データ)と音声(聴覚データ)を区分けなく瞬時に処理できます。この原理を解明、その成果をもとに新しい有機的なシステムが実現できれば、通信もコンピュータも全く新しい原理で働くことになります。」
「ただ、この研究領域には参考となる先行研究がなく、まさに未知の領域。理論の整理とともに実証実験にも繋げていきたいところですが、研究予算の獲得が大変難しいという悩みも抱えています。」
瀧澤先生は、平成29年に日本で開催されるNEUROLOGY17で、ニューロンに関する新たな研究成果を発表される予定とのことです。この反響も楽しみです。
「新しい発想を日本で受入れてもらうには時間がかかります。そのためにも引き続き研究を進めると共に、外国で得た評価を活用しながら日本国内においてもより広く理解を得るべく力を注いで参りたいと思います。」
「この技術が実現できれば、社会を一変させる可能性があるのです。」
瀧澤先生の力強いメッセージが強く印象に残りました。
(取材日 平成28年8月18日)
統計数理研究所 モデリング研究系准教授 瀧澤由美先生 |
3 コンピュータの”進化”によるイノベーション
電子式コンピュータの歴史を見ると、アナログコンピュータ時代からデジタルコンピュータ時代に変わり、大きな進化を遂げてきました。
現在のデジタルコンピュータはブール論理(2進数)をもとにハードウエアが構成されています。大量のデータを処理するには、より高速なシステムが求められ、併せて膨大なプログラム開発も必要です。いわゆるノイマン型コンピュータです。
現在有力視されているビッグデータを利用したディープラーニング方式による人工知能は、大量のデータ(経験値)を処理するため、強大な能力を有するコンピュータシステムが必要です。
~ スーパーコンピュータ「京」 ~ (Wikipediaより)
コンピュータに更なる高速化を求めた場合、機器の大型化、大電力化が必然として伴います。そこで新たな工夫が要求されます。
アルゴリズムの工夫はもちろんのこと、マルチプロセッサによる並列処理の大規模化、また、その他の新しい工夫も見られます。
その新しい工夫の一つが高精度を犠牲にしたプロセッサの高速化です。実際、単精度(FP32)で計算機能を重視したGPUの開発が進められています。
ところで、近年、デジタルコンピュータと異なる原理で動作する未来型コンピュータの研究開発が盛んです。
その一つは、量子コンピュータです。
量子コンピュータは、デジタルコンピュータのように1ビット処理ではなく、1キュービット(1、0の重ね合せ)処理を行うことにより、極めて超高速(デジタルコンピュータの処理速度より3桁以上高速)で動作すると言われています。
~ イメージ
ただ、この量子コンピュータの原理は、デジタルコンピュータの延長線上にあると考える方もいます。
本当の意味での未来型コンピュータは、ニューロコンピュータかも知れません。
ニューロコンピュータは、ニューロン集合体の動作原理を活用したコンピュータで、これが実現したら、劇的な高速化、小型化、省エネ化、そしてプログラムの大幅な簡素化が実現できそうです。
更に、このコンピュータで構成する人工知能は、少量のデータ(少量の経験値)でも、一般的な動物並みの思考を期待することができ、従来型のコンピュータでは、なし得なかった創造的な思考結果を生む可能性が出てくるかも知れません。
ここで、このニューロコンピュータによる「通信」への応用を考えてみると、
・ 高度なインテリジェント機能を有する交換装置による通信ルートの最適な振り分けによる伝送路の高効率利用の実現
・ 端末内に超小型のインテリジェント機能を付加することにより、端末装置からデータ処理結果のみの伝送が可能となり、通信容量の肥大化を大幅に緩和
などが最初に思いつきます。
既にIoTの時代に突入しています。このT(Things)一つ一つにインテリジェントな機能が求められた時、大活躍するのがこのニューロコンピュータになるのかも知れません。
改めて、「バイオミメティクス」の底力を感じることができました。
H28(2016).10.25 一般財団法人日本ITU協会 横田
(参考文献)
・神経システムの電気・物理モデルとダイナミクスの数理(統計数理研究所)
・統計数理研究所ニュース 研究室訪問 No.121
・電気魚のレーダ(三枝幹雄)J.IEE Japan,Vol.121,No.11
・Wikipedia
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