夢の通信技術(1/2) ~驚きのニュートリノ~

 

☆ニュートリノ研究に欠くことのできない我が国の匠技術(日本無線硝子(株))

 ユニーク技術(4)では、JAMSTECの吉田先生に取材させていただきました。先生は音波での通信が主流である海中通信において、電波(短波帯辺り)が使えるかも知れないというユニークな研究をされていらっしゃいます。

 この時、話題に出たのが素粒子である「ニュートリノ」です。

 「ニュートリノ」は海水でも、岩石でも何でも通過してしまう凄い素粒子であり、これを利用すると、例えば、「原子力潜水艦から発生するニュートリノを検出できれば、その潜水艦がどこにいるのか分かる。」というものでした。

 この時、このニュートリノを自由に使えたら、何か凄いことができそうだ、と感じました。

1 チャンス到来!

 ユニーク技術のテーマ探しをしていたところ、当協会の賛助会員の日本無線(株)の方に関連会社の日本無線硝子(株)で、スーパーカミオカンデ用の光電子増倍管のグラスを製作している、と伺いました。えっ、こんな身近で!と正直びっくりするとともに、是非、次のテーマにしたいと思い取材をお願いしました。

(1) ガラス業界

 事前調査でガラス関連の会社をネット検索すると、日本国内には実に多くの会社、団体、学会などがあることが分かりました。これほど大きな業界だったということに、改めて驚きました。

 特徴的なのは、大中小様々な規模の企業があることです。これらの中には手吹きの技術を売り物としているところも多く、大勢の匠がいるようです。しかし、そのほとんどの匠はどちらかと言えば芸術的な分野を得意にしているように思えます。綺麗な器や食器などガラスの特徴を活かした華やかな製品が生み出されています。

 一方、電子管として利用する場合、芸術性もあるのでしょうが、電子部材としての必要不可欠な性能を備えていなくてはなりません。

 例えば、高感度な電子管として正常に動作するようガラスの透明度、強度、均一性などを備えること、ガラスと電極用金属材料を融合させ気密性を保つことなどです。これらは特殊ガラスを扱うための必要不可欠なノウハウです。

 このような高度な技術を保有し、一定の量産に対応できる人材・設備を備えているからこそ、ニューカミオカンデの心臓部となる光電子増倍管のグラス製作を担うことができたのです。

 

(2) 会社訪問

 埼玉県、東武東上線の上福岡駅から1キロほど離れた広大な敷地の中に日本無線硝子(株)のガラス工場がありました。正門を入ると、大きな桜の木がようこそと出迎えてくれました。ここに歴史有りの感が漂ってきます。

 昭和18年(1943年)日本無線株式会社の真空管用ガラス工場としてスタートし、昭和54年(1979年)に新たに日本無線硝子株式会社として発足したそうです。

 写真1 正面玄関入り口

写真2 正面玄関前の桜の木

 早速、会社の概要についてご説明頂きました。

 ここはケイ砂などガラス原料の溶融から成形、加工まで手がけるガラス専門メーカです。最大の特徴は、手吹きによるハンドメイドであること。まさに匠の世界です。

 製品としては、電子管や集魚灯といった特殊用途のものが中心ということです。中でも、今回の取材の目的である直径20インチ(約50㎝)の光電子増倍管用グラス、これは巨大な金魚鉢を逆さにしたような製品ですが、世界の最先端を行く電子管グラスなのです。

 

 

写真3 光電子増倍管用のグラスを前に記念撮影

               左側3名:日本無線硝子(株)の皆様

               右端:日本無線(株)様

               右から2人目:(一財)日本ITU協会

 

 

 会社の概要をご説明頂いたあと、実際に工場を見学させて頂きました。

 まず24時間稼働の電気炉(1日分約3ton溶融)からでした。この電気炉は、装置後方から原料(珪砂や不良品を砕いたガラス片)を連続的に投入します。1500度を超える温度で原料がどろどろになり、不純物や空気の泡などが徐々に分離されていきます。この溶けた原料は、炉の下部を通って、正面の取り出し口の側にゆっくりと流れて行きます。

写真4 硬質ガラス用原料(ケイ砂やガラス片:予備の手投入用)

 

写真5 原料投入口(底部の熔けたガラスが見えます)

 このガラス原料は、シリカを主成分にホウ酸が15%ほど入っています。その他の不純物が入ると、製品に様々な悪影響を及ぼすということで、原料管理は大変厳重なものとなっています。

 このホウ酸を含むガラスは、硬質ガラスと呼ばれ、熱膨張係数が小さいことから耐熱性に優れ、化学耐性にも優れています。ただ、炉の温度が大変高いため、一般の工芸用のガラスに比べて取扱いが非常に難しいのです。

 この硬質ガラスは、医療用電子管、各種高圧放電灯、舞台照明レンズなどの製品に使われるとのことです。ちょうど案内していただいたときは、スーパーカミオカンデ用と同じ直径20インチの光電子増倍管用のグラスが成形されていました。

 最初に匠が手吹き用の竿の先端に必要な真っ赤な熔けたガラスを取り付けます。加工に最適な温度に保ち続け、廻し吹き成型用の金型に入れるまでに大まかな成形を行う必要があります。この作業は重いガラスを付けた竿を扱う剛力と匠の技術を必要とするものです。

写真6 竿先のガラス

写真7 炉の中に入れ、吹き回し成形

 

 1つのガラスの加工時間の中でためらいなく作業を進めていかなければなりません。中空作業で大枠的な形に吹き整え、最終的には金型の中にこの熱いガラスの塊を入れます。金型の中で回しながら職人が竿の一端から空気を吹き込み、均一な形に成形していきます。直径50センチまで膨らませるには大変な肺活量が必要です。やはり若い匠でないとなかなか厳しい作業とのお話でした。

   
写真8 金型に入れるまでの吹き作業

写真9 形を整える

 

  

 直径20インチの光電子増倍管として成形されたグラスは、直ぐに自動測定装置にセットされ、様々な部位の肉厚が測定されます。結果は、リアルタイムでパソコン画面に表示されます。もちろん、誰がつくったものかということも記録されています。この段階で規格を外れたものは、そのまま砕かれ廃棄されます。

 
写真10 成形されたグラスに署名

写真11 竿の部分を切り離し成形

 

写真12 自動肉厚測定の結果は直ぐに匠へ

 

 そして、この検査を通過したものだけ徐冷作業に進みます。ベルトコンベアに載せられ、途中500度ほどに熱せられ、グラス内部の歪みなどが取り除かれます。

写真13 肉厚検査を通過したグラス管を徐冷用コンベアにセット

 

 まだ、これで完成ではありません。徐冷作業が終わったあと、最終検査の工程に入ります。

 最終検査は、人の目です。これも機械化は難しいようです。細かな傷や歪みなどを光源にかざしてチェックしていきます。不合格品は破砕され、これまた原料に逆戻りします。

写真14 最終検査の模様

 

  この最終検査をパスして、やっと製品として完成です。一つ一つ段ボール箱に詰め出荷されます。検査結果がそのまま匠の成績になる厳しい世界でもありました。

 次に、POT炉(ガス炉)の方を見せて頂きました。こちらは全部で9基あり、それぞれ違うグラス製品を成形しています。電子管やグラスチューブです。

 印象的だったのは、ガラス原料を溶かすための炉も一つ一つが職人の手作りとのことでした。

 

写真15 炉ごとに異なるグラス製品を成形

 

写真16 外注のPOT炉

 

 集魚灯用のグラス製品を最終加工している部屋にやってきました。ここは一転涼しい場所でほっとしました。

 ここで大変面白いことを伺いました。

 集魚灯のグラスの内側にUVカットの塗装をしていたのです。何故、UVカット?と思いお尋ねしたところ、意外な返事が返ってきました。「大光量の集魚灯のため、漁師の人達が日焼けしたくないので」とのこと。

 

写真17 UVカット剤の噴霧

 

 集魚灯の発光は可視光が中心ですが、周辺の赤外線、紫外線なども発光しています。このうち日焼けや視力への影響の原因となる紫外線(UV)をカットしてほしい、という注文があるそうです。

 

写真18 特殊用途のグラス管

 

 各種の特殊グラス成形の現場を拝見し、これだけ多数の匠の方々がいらっしゃることに正直驚きました。ここは人材の宝庫ですね。

 見学のあとの意見交換の場です。

 全体で100名ほどの職員の中で、最高齢は78才の匠とのこと。女性の匠もいらっしゃいました。また、手に職を付けたいということで、若い人も沢山入社されています。実に活気のある、職人気質にあふれる職場です。

 グラス製品の将来展望ですが、硬質ガラスの特質を活かした製品づくりということで、引き続き電子管分野のニーズが見込まれているとのこと。既に海外市場向けに大口径光電子増倍管のグラス生産が始まっていました。

 

写真19 20インチ光電子増倍管(浜松ホトニクス製造)

(写真は浜松ホトニクスHPから)

 

 また、メガワット級の電力貯蔵システム用電池の材料として、グラスのリングを供給していました。電極のセパレート用部品とのことですが、こんな新しい分野へのガラス利用も広まっています。

 

写真20 高容量電池用のグラスリング

 

(3) 取材を終えて感じたこと

 日本無線硝子(株)は匠の皆さんが活躍できる会社、というのが一番の印象でした。

 完成した電子管用グラスは、浜松ホトニクス(株)に納品され、光電子増倍管として組み立てられます。

 実は浜松ホトニクス(株)での最終組み立て作業も匠による手作業とのことでした。

 超高温硬質ガラスを溶融することができる電気炉を使って20インチの特殊電子管用バルブを手吹きする匠、更にそのバルブを使って高感度大型光電子増倍管を仕上げる匠・・・この匠技の連鎖の輪があってこそ、初めて実現したニュートリノ観測装置・・・この観測装置を用いて世界初の大発見がなされたこと・・・同じ日本人として実に誇らしく思いました。

 


 ビジュアルレポートは、通信を中心とした我が国のユニーク技術の紹介を一つのテーマとしています。

 今回は、日本の基礎研究に必要不可欠な特殊装置の製造に係わる技術を有する会社として日本無線硝子(株)を取材させて頂きました。このガラス加工の匠技術あってこそのノーベル賞とも言えると思います。

 これからも日本の貴重な技術として継承し続けてほしい、という思いを込めて取り上げさせて頂きました。

 今回取材でお世話になりました日本無線硝子(株)の皆様、そして、日本無線(株)の皆様に改めて感謝申し上げます。

 

製造工程のご紹介に当たって
 今回のご紹介内容は、20インチ光電子増倍管用グラスの製造工程を中心としました。実際に工場内で拝見・説明して頂いた内容には、非常に高度で、特殊な技術がたくさん含まれています。これら貴重な技術的ノウハウについては内容から割愛したり、写真を加工させて頂いておりますので、ご了承ください。

 


 

☆ 匠技術を映像でご紹介 ☆

 ~ 特殊グラス管の製造工程 ~

 

 

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