1 コミュニケーションとは?
「コミュニケーション」は、動物が生きるために必要不可欠な能力の一つです。人間が自然発生的に備えているコミュニケーション能力(器官)としては、五感のうち、視覚(目)と聴覚(耳)が代表的なものと言えるでしょう。これはいわゆる受信機能に当たります。目は、周囲の物質から来る光を捉え、そこに存在する物質の外観を認識します。また、耳は大気中を伝わる音(空気の振動)を捉え、話し声や周囲の環境などを分析します。
五感機能が捉える(受信する)情報量のうち、視覚(目)は全体の約80%、聴覚(耳)が約10%と言われています。目が捉えるのは、光(可視光線)ですから、人間はコミュニケーションのため、生まれながらにして電磁波(光)を大変有効に活用していると言えます。また、耳が捉える音(空気中を伝わる振動)も、相当の割合で活用されていると言うことになります。
一方、人間の身体から発信できる機能には何があるでしょう。最も重要なものは「口」から発生する音です。この音は、人間の口の中にある声帯で作ることができる可聴周波数帯(耳で聞こえる周波数帯)の空気の振動です。この音は、声帯や口腔で言葉として変調され、口から空気中を伝わって相手の耳に届き、そしてコミュニケーションが成立します。
では、その他に発信する手段はあるのでしょうか。もう一つは、ボディランゲッジです。例えば、ジェスチャーにより自分の意思をある程度相手に伝えることができます。ただし、情報量としては小さなものです。「目は口ほどにものをいう」と言われますが、実際、「目」の動きや表情だけで相手に自分の意思を伝えようとしても、なかなか思うようには伝わらないものですよね。
人間以外の生物界を観察してみましょう。すると、人間にはない素晴らしい通信能力を備えている生物がいます。
まず、光の受信機能でみてみます。
モンシロチョウは、可視光より周波数の高い紫外線を「見る」ことができます。この目で、雌雄の判断や花の蜜の場所を特定したりすることができるようです。
光の送信機能でみると、蛍は可視光線を発射することができます。点滅する周期や強弱で他の個体に情報を伝えていると言われています。
また、音の世界でみると、コウモリは超音波(可聴周波数より高い周波数)を発信することができ、その反射波を受信して障害物や獲物を感知します。実に凄い機能ですね。
水中(海中)でも水の振動を使って情報伝達(音響通信)を行っている生物がいます。鯨やイルカなどが代表的でしょう。
また、海中で発光する生物としては、例えばチョウチンアンコウやオワンクラゲ(ノーベル化学賞を受賞した下村教授が蛍光タンパク質を発見したクラゲ)などがいます。
もっともこれら光は、通信というよりも捕食や自己防衛、威嚇などの手段として使われているのでしょう。
話しが多少横道に逸れましたが、人体が持つコミュニケーション機能を有する器官を表にすると次のようになります。
受信機能 |
目(可視光) |
耳(音) |
鼻(匂い) 舌(味) 皮膚(触覚) |
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⇕ (対応) |
⇕ (対応) |
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送信機能
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身体(ジェスチャー) |
口(音) |
—– |
2 電磁波(Electromagnetic radiation)を活用しよう
狭い自分の縄張内だけで狩猟生活や畑作生活をしていた時代、人間はもともと身体に備わっている機能を活用したコミュニケーションをしていれば十分ことが足りていたのだと思います。
ところが、その行動範囲が広域になるにつれ、遠く離れた場所との間でのコミュニケーションの必要性、重要性が高まってきました。これがテレコミュニケーションの始まりでしょう。
テレコミュニケーションとは、「電磁気的方法による遠距離音声情報の伝達。テレ(Tele)とは、もともとギリシャ語で”遠い(遠隔地)”という意味。」と言われています。
ここでは、電磁気的方法の中でも、空間(宇宙空間の場合もある)を伝わる電磁波に焦点を当てて、取り上げて行きます。
では、電磁波とは何でしょうか。電磁波は非常に広い概念です。デジタル大辞泉によると、「電界と磁界との変化が波動として空間を伝わっていくもの。波長の長いほうから、電波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・γ (ガンマ) 線がある。」とされています。
この電磁波を分類すると、概ね上表のようになります。
電波は、周波数で言えば3THz以下と定義されています。この周波数帯は無線通信や高周波利用設備など多方面で使われています。
光は、波長(周波数より波長で示されることが多い)が800nm~400nm(375~750THz)付近のところを可視光と言い、これより波長が長い(周波数が低い)と赤外線、短い(周波数が高い)と紫外線と呼ばれています。
光より更に波長が短く(周波数が高く)なると、放射線と呼ばれる領域になります。
これら電波・光・放射線は、いずれも電磁波と呼ばれるものですが、周波数(波長)の違いにより性質も使われ方も大きく異なります。上手に使えば非常に便利で有効に利用できますが、使い方を間違えると、混信を起したり、人体に危険を及ぼしたり、被害を被る場合があります。
このように貴重で有益な、そして一面で危険な面もある電磁波は、国際的にルール作りをして活用されています。
ちなみに、電磁波の内「電波」の使い方や通信プロトコルの標準化ルールを策定している国連機関が、国際電気通信連合(ITU)です。
3 今、可視光線通信に注目が集まっている
今回は、電磁波の中でも「光」、その中でも「可視光」に注目したいと思います。
まず、光の全体を眺めて見ましょう。通信の世界でどのように使われているのか調べてみます。
最初に思い浮かぶのは光ファイバーではないでしょうか。石英ガラスを繊維状に引き延ばしたファイバーの中に変調した光を通し、通信に活用されています。この光は可視光より波長の長い(周波数の低い)赤外線が主に使用されています。波長で言えば、1400nmから800nm(214~375THz)辺りです。
光多重やマルチコアの活用によって超高速な通信(ペタビット級)も可能になってきました。
一般家庭で使われているテレビのリモコンにも赤外線は使われています。波長で言えば950nm(316THz)付近の赤外線です。チャンネル情報等を重畳してテレビを遠隔操作できます。また、赤外線は防犯用のセンサーなどにも使われていますね。
逆に、紫外線の領域は、とちらかと言えば、通信よりもコーティング剤を乾燥させるためなどに利用されています。紫外線は、人の肌には良くない光領域ですが、使い方によっては大変有用な光になっています。
では、いよいよ可視光です。人間にとってもっともなじみ深いのが可視光です。目で感知することができる可視光は、人間にとって欠かすことのできない光領域です。また、安全面においても安心して使えるのが、この可視光でしょう。
もっとも可視光は、地球上のほとんどの生物にとって欠かすことのできないエネルギー源であり、生命の根源を司っているものです。この可視光を発する大元は太陽ですが、太陽からは可視光だけでなく、あらゆる帯域の電磁波が発射されています。ただ、地表に降り注ぐ時は、大気の影響等で可視光帯域電磁波がほとんどということになります。
今、この身近で、かつ安心安全な可視光を利用した通信に注目が集まっています。
世界中でインターネットの普及が進み、Iotがこれからの社会構造を根本から変える、とまで言われていますが、この通信回線の「近距離通信」にこの可視光通信の活用が大きく見込まれているのです。
4 ところで、近距離通信とは?
まず近距離通信について整理しておきましょう。
Iot(Internet of things)の例で考えると、インターネットとモノとの間をつなぐ手段です。近距離通信は、数cmから100m程度の範囲の通信と考えられており、既に実用化されている無線通信技術としては、次のようなものがあります。
近距離通信技術の比較(総務省:報告書から一部引用)
今、この近距離通信分野に新たに進出して行こうとしているのが、可視光通信です。
しかし、既にライバル通信は沢山います。ここに進出していくには、無線通信に勝る特徴を出していくことが必須条件です。それとも、全く今までにない新しい分野での活用方策を開拓していく必要があります。
現在、可視光通信の特徴として掲げられているのは、次のような点です。あえて辛口のコメントを付けてみました。
(1) 可視光を使うので、既に利用されている電波を利用した機器に対する「電波干渉」が起こりえない。従って、安心して導入できる。 |
確かにそのとおりです。しかし、通常無線通信機器を導入する場合「電波干渉」が起きないように注意しながら導入するのは当然です。「電波干渉」が絶対に起きないということのみで、どこまで説得力があるのか、ですね。また、将来、複数の可視光通信を利用した機器を導入した場合、相互干渉する可能性はあります。
(2) 今あるインフラ(例えばテレビ、信号機、照明などのLED機器)をそのまま送信機として活用できる。 |
既設のLED光源を送信装置として使える利点は大きいでしょう。テレビの画面から照射される光、信号機や灯台からの光、LED照明の光など、これら光源をそのまま送信機として利用することができ、経済的です。このような既存設備の活用で最適なアプリケーションを創出することができれば、普及に弾みがつくでしょう。電波の世界での既存設備の再利用は、「無線局の二重免許」などに相当すると思いますが、ただこれは極めてまれなケースです。
(3) 可視光の波長(周波数)範囲のため、人体に安全である。 |
誰でも可視光は生まれた時から浴び続けている電磁波ですから、安全・安心です。しかし、電波を利用した機器も、基準値内で利用する限りにおいては、こちらも安全です。
(4) 同じ電磁波であっても、光は電波法の規制外である。 |
電波法において、電波とは「3THz」以下の電磁波と定義されていますので、光を使う限りにおいては複雑な手続きを踏む必要性はありません(ただ海上での利用は制限(港湾法)されること有り)。しかし、電波を利用した通信機器であっても、簡易な手続きで済む場合がありますし、使用する電波が極めて弱い電波ならば電波法の規制から外れます。
(5) 超高速通信が可能。 |
近距離通信で、どこまで超高速通信を必要とするか、という課題があります。ハイビジョン映像伝送ができる程度の速度があれば当面十分かも知れません。
(6) 市場調査レポート(MarketsandMarkets発行):予想される市場規模は世界全体で93億ドルと大きい。 |
期待がこれだけ大きいということは大変明るいお話です。課題は、実際にどう実用化・事業化していくかということですね。
(7) セキュリティ性が高い |
「可視光通信」は光が当たっている場所だけが通信エリアとなります。例えば、室内ですとカーテンで遮光すれば外に情報は漏れません。セキュリティの状況は、光の漏れ具合、すなわち目で確認できる、というのが大きなポイントですね。一方、電波は回り込みがありますので、完全に外部に漏れないようにするには、厳重な電磁シールドが必要です。
(8) 指向性が極めて強い(短所でもある) |
スポット的に、特定の場所に特定の情報を送信できるようになります。例えば、美術館などで作品毎に情報伝達する手段として利用できます。広がりのある電波では、ここまでのスポット的な利用は難しいでしょう。
(短所)
・見通しできないと通信できない(長所でもある) ・自然/人工の環境ノイズ源、干渉源が多い(光があるところが多い) |
以上ですが、特に(1)と(2)は非常に重要なポイントになると思います。
(1)は、そもそもすべての電波利用が制限されている場所では、大変有効な手段になり得ます。例えば、特別な電磁環境を求める医療施設、発電所、金融機関内などです。
(2)は、LEDを使った光源は、今後ますます普及していく素地がありますので、これら光源機器を送信設備として二次利用できれば安価に可視光通信が実現できます。
もちろん、上記以外の特徴もいろいろとあると思いますが、何しろ短所が少ないということは、とても頼もしい技術と言えると思います。今後、有効な活用方策が見いだされれば、爆発的に普及する可能性を持っているということでしょう。
5 可視光通信に係わっている機関、団体、会社等は?
ネットで検索してみると・・・いろいろな組織がありますね。実際、可視光通信にどのように係わっているのか調べてみました。
(国の機関)
総務省 |
2007年度、可視光通信に係る調査研究の推進等
経産省 |
2007年度、可視光通信に係る戦略的基盤技術高度化支援事業等
海上保安庁 |
2006年度、光波標識への可視光通信技術の導入に関する調査等
(国際機関、標準団体等)
ITU(International Telecommunication Union:国際電気通信連合) |
国際電気通信連合憲章に基づき無線通信と電気通信分野において各国間の標準化と規制を確立することを目的とした国際連合の専門機関の一つ。今のところ、可視光通信に関する大きな動きはありません。
IEC(International Electrotechnical Commission:国際電気標準会議) |
電気工学、電子工学、および関連した技術を扱う国際的な標準化団体。可視光通信については、現在、標準化活動が進められています。
IEEE(アイ・トリプル・イー:米国電気電子学会) |
アメリカ合衆国に本部を持つ電気工学・電子工学技術の学会で、標準化活動(規格の制定)が主な活動。可視光通信については、既に規格リリース済みのものがあります。
ARIB(電波産業会) |
通信・放送分野における電波の有効利用に関する調査研究、研究開発、標準化などの事業を担う団体。可視光通信に関しては、「下り可視光、上り赤外を用いた光LAN(赤外光LANの可視光拡張)規格」を策定済みです。
JEITA(電子情報技術産業協会) |
電子機器、電子部品の健全な生産、貿易及び消費の増進を図ることにより、電子情報技術産業の総合的な発展に資し、わが国経済の発展と文化の興隆に寄与することを目的とした業界団体。可視光通信の標準技術仕様「CP-1221-3(可視光関係)」を2007年に公表しました。
(大学・団体)
近畿大学工学部 |
2012年、白色LEDの光を使って世界最速となる614メガビット/秒(Mbit/s)のデータ通信速度に成功。
慶應義塾大学 |
我が国の可視光通信は、中川名誉教授が生みの親と言われています。
信州大学 |
2014年11月、超小型衛星ShindaiSat(愛称:ぎんれい)による世界初の可視光通信実験等を実施しました(ただし可視光通信は未確認)。
一般社団法人可視光通信協会(2014年11月設立:VLCA) (前身は、2003年設立の可視光通信コンソーシアム:VLCC) |
可視光通信を社会インフラとして広く普及させること目指している団体で、可視光通信会議やイベント企画などの活動を行っています。
光無線通信システム推進協議会 |
1996(H8)年から光通信システムに関する標準化の推進、普及・振興等に関する活動(2012(H24)年から日本フォトニクス協議会内分科会)を実施しています。
(企業等)
(株)アウトスタンディングテクノロジー(2007年6月設立) |
「照明無線LANシステム」を開発、2014年8月、世界で初めて商品化しました。 強い電波が使えない病院や医療施設、非常に高い安全性が求められる発電所などでの利用を見込んでいます。水中でも利用可能な通信設備として打ち出しています。当該設備は、天井のLED照明に親機を接続し、パソコンのUSB端子に照明光をキャッチする子機を差し込み、利用します。親機までは通信ケーブルや電力線を通じてデータを供給します。通信速度は5~20Mbps程度です。
NTTコミュニケーション科学基礎研究所 |
2014年、競技場やライブイベントなどにおける超多チャンネル(1万チャンネル)の収音を、LEDによる可視光通信で行う技術を公表しました。
加賀電子(株) |
可視光通信用の各種モジュールの販売などを行っています。
可視光通信研究倶楽部(カシケン)(2014年10月設立) |
可視光通信の普及を目的に、我が国におけるハブ的役割を目指す組織で、加賀電子(株)が運営しています。Webでは、可視光通信に関する多くの情報を提供しています。
カシオ計算機(株) |
可視光を用いた情報送受信設備「Picalico」の開発、販売しています。
太陽誘電(株)、東洋電機(株) |
2014年、可視光を用いた高速水中可視光通信装置を両社で共同開発。水中での減衰率が低い汎用の青色LED を用い、水中で最大50Mbps(※)の通信速度を実現しました。
(株)東芝 |
東芝未来科学館で、同社の可視光通信・音声合成技術を利用したガイド端末を導入( 4ヶ国語(日英中韓)対応)しています。
(株)中川研究所 |
慶大の中川名誉教授が名誉会長となっている2003年設立の会社で、可視光通信コンソーシアムの事務局などを行ってきました。
パナソニック(株) |
2014年、スマートフォンのカメラをLED光源またはその光源で照らされた対象物にかざすだけで光IDをすばやく受信する技術を開発しました。流通業界、交通業界及び博物館・美術館などの展示装飾業界への普及を期待するとともに、LEDを利用した光ビーコンを使ったロケーションモニターなどにも注力しています。
浜松フォトニクス(株) |
テレビジョン技術の祖、高柳健次郎博士(現静大)のスピリットを受け継ぐ会社で、光センサや光源技術に強く、多くのデバイス等を供給しています。
(株)富士通研究所 |
2014年、LED照明などからモノへ照射する光にID情報を埋め込み、その光に照らされたモノからID情報を復元可能な照明技術を開発しました。
(株)マリンコムズ琉球 |
水中可視光通信機器の製造、販売等を行っています。製品名「i-MAJUN」は、ダイバーが発した声をLED型水中ライトのマイクで拾い、声を水中ライトの光波に乗せて相手ダイバーへ送信、この可視光を受信機で受けたダイバーは光波から検出された音声を骨伝導スピーカーで認識するという仕組みです。
ルネサスエレクトロニクス(株) (2010年4月設立) (NECエレクトロニクスとルネサステクノロジとが統合された会社) |
「可視光受信モジュール」などデバイス事業を展開、同社のHPでは、次図のような利用イメージを掲示しています。
以上、可視光通信の概要についてお届けしました。
なお、これら情報は、「5 可視光通信に係わっている機関、団体、会社等は?」のHP等(H27/8)を参考とさせていただきました。また、イラスト等はネット公開のフリー素材も使わせていただいております。ありがとうございました。
(一般財団法人日本ITU協会 横田)
— シリーズ ~ ユニーク技術のご紹介 —
ユニーク技術(1) |
☆ 可視光通信って何だろう |
ユニーク技術(2) |
#035 電波のエネルギー利用(エネルギーハーベスティング) |
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