1 バイオミメティクスとは何でしょう
ユニーク技術第3弾のキーワードは、「バイオミメティクス」です。
バイオミメティクス(biomimetics)、日本語で言えば「生物模倣」、太古から進化し続けてきた生物の体型、色、機能、行動など、さまざまな”歴史的産物”を模倣し、活用しようという技術です。
このテーマを定めたきっかけは、昆虫の目の構造を利用したカメラが開発されたという情報からです。このカメラは、トンボやハチの複眼と同じ構造で半球ドームの上に沢山のレンズを配置し、超広角(180度)の視野角を実現するとともに、レンズから距離の異なる物体に同時に焦点を合わせることができる能力を有する、というものでした。
防犯カメラや初心者向けのカメラなどに力を発揮しそうです。
トンボ2種(複眼)、複眼レンズ(nature 01 May 2013 Digital camera gives a bug’s-eye viewより)
「バイオミメティクス」をキーワードにしてインターネットで検索すると、沢山のサイトがヒットしてきます。具体的な活用事例や将来性のある製品などについて紹介されています。古くは、鳥の翼を模した人力飛行機やオナモミの実の形状からのマジックテープ、近年ではカの吸血針をヒントにした痛くない注射針やハスの葉の撥水性を活用したヨーグルトのフタなどがあります。
これらバイオミメティクスの例を昆虫に限らず生物全般(ほ乳類から昆虫、植物など)、また、その生物の行動パターンも含めて調べ、絵図化してみました。分野も特に限定していません。
この絵図を眺めていると、バイオミメティクスが普段の生活の様々な製品に生かされていることに驚かされます。
バイオミメティクスという言葉が提唱されたのは、1950年代とのことですが、初期は翼や羽根、体型など大きな外見からの模倣が始まり、次に電子顕微鏡の発明による生物の微細な構造への模倣、また、目には見えないが特殊な機能(超音波や赤外線)の解析・活用、そして、近年は、細胞機能にまでその着眼点が広がってきています。
生物の持つ機能とは言え、完全無欠とは言えません。しかし、何十万年、何百万年という長い歳月を掛けて進化し続けてきた結果であり、その間、地球環境の大きな変動に耐え、生存し続けてきたことは掛け値なしの素晴らしい機能だと言えるでしょう。
次に本来のテーマである「バイオミメティクスとICT」という切り口で視ていきたいと思います。絵図では、赤字で表示しています。
簡単にご紹介すると、目(眼)の構造などの活用では、
・トンボ(前述の複眼レンズ)
・フナムシ(わずかな光でも効率よく集光する眼の構造)
・ヒト(三次元視覚センサによる脳内マッピング)
・ハエトリグモ(8個の単眼による像のボケ具合による測距)
・ナガヒラタマムシ(超高感度赤外線センサ(遠距離の山火事感知能力)機能)
耳の仕組みの活用では、
・コウモリ(障害物の回避や獲物の捕獲に利用している超音波レーダ)
・キリギリス(音の振動を捉える超小型の受容器構造)
・イルカ(水中における音響(振動波)による通信やレーダ)
翼の活用では、
・ハチドリ(優れたホバリング機能を真似たドローン)
細胞では、
・弱電気魚(電気を利用した水中での通信やレーダ)
・強電気魚(発電機構を利用した埋込み式医療機器用電源)
・発電菌(高効率発電機)
・イカ(変色機能を真似た電子ペーパー)
行動や動作では、
・フンコロガシ(特殊な方向感覚を生かしたナビゲーションシステム)
・バッタ(バッタの密集飛行を可能とするニューロン機能を模した接近物体検知システム)
・オジギソウ(化学的に葉をたたむ原理を利用した高分子アクチュエーター)
・蛍(点滅同期を模した無線アドホックネットワークの効率化)
・ヘビ(軟体動物の動きを模したロボットアームなど)
以上、ICTに関連するものをピックアップしてみました。
2 具体的な事例調査
これらの中から具体例としていくつか詳細に調査してみました。
(訪問先) 瀧澤先生/統計数理研究所
(訪問先)吉田先生/JAMSTEC
Ⅲ 玉虫 → ユニーク技術(6)で取り上げました。(2017.10.25)
(訪問先)藤原様/浜松ホトニクス(株)
Ⅳ 発電菌(予定)
順次、ご紹介していきます。
≪ バイオミメティクスと標準化 ≫
生物進化においては、強く賢い者が勝ち残ります。ただ、勝者と言っても、その勢力範囲は、島国のような範囲に限られる場合もありますし、大陸、更には地球レベルで繁栄する場合もあります。 こうして生き残った生物こそ、「デファクト標準」に当たる強者と言えそうです。
一方、地球。ここでは地震や噴火などの大規模な「自然現象」が発生します。この最強で不可侵の自然現象には、地球上のどんな生物であっても従わざるを得ません。 いや、岩石や水などの無生物までもが自然現象には従順です。 これこそITUの役割でもある「デジュール標準」と言えるのではないでしょうか。もちろんデジュール標準には、デファクト標準で生き残った強者をそのまま受入れる度量の広さもあります。
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≪ バイオミメティクスからネイチャーテクノロジーへ ≫
「ネイチャーテクノロジー」という考え方が唱えられています。 これは、バイオミメティクスはもちろんのこと、地球の自然現象に対する模倣も含め、自然全体を手本とする「自然模倣」を基本とする考え方です。
ネイチャーテクノロジーの定義は、 ・「自然や生き物の持つ低環境負荷かつ高度な機能に学び、科学技術や産業(商品・サービスの開発)にそれを応用しようという試み」 【東北大学 ネイチャーテクノロジーデータベースより】 ・ひとことで言えば「自然のすごさを賢く生かすテクノロジー」 【地球が教える奇跡の技術(石田秀輝著)より】
などと言われています。
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≪ バイオミメティクスとサイボーグ ≫
昆虫のサイボーグ化の研究等を通じて、脳の動作原理の研究も行われています。
※ サイボーグとは(Wikipediaより) ≪生命体(organ)と自動制御系の技術(cybernetic)を融合させたもの≫
従来から、化石燃料などのエネルギーが不要である生物を、移動体として利用する研究は行われてきました。例えば、センサーを搭載してのウミガメ生態調査や鳥に取り付けたカメラによる上空からの撮影などです。
ところが、今、更に踏み込んだ生物の活用研究が進められています。その一つがカイコガを使った昆虫脳の神経回路をスーパーコンピュータでシミュレートする研究です。 この手順は非常に明快です。基本は、オスのカイコガがメスのフェロモンを追跡するという動きを再現させるものですが・・・
第一段階 カイコガにボール乗りをさせ、その足の動きを機械的に電動模型に伝えて、高速に移動させる。 第二段階 カイコガの触覚と脳から、足の動作情報を取り出し、電子的に電動模型に伝え移動させる。 第三段階 カイコガの触覚からフェロモン感知情報を得て、コンピュータによる脳動作シミュレーションを行い、電動模型に伝え移動する。 第四段階 カイコガの生体を使わず、全て機械化してカイコガの動作を電動模型でシミュレートする。
第一段階は、電動アシストの世界です。 第二、第三段階は、まさにカイコガのサイボーグ化です。 第四段階になるとバイオミメティクスの領域に入ってくるのでしょう。知能を含めてカイコガの完全ロボット化です。 ちなみに、このロボットの外見をカイコガそっくりにしたら、カイコガアンドロイドですね。
(参考文献) 昆虫―機械融合システム 東京大学 (http://www.brain.rcast.u-tokyo.ac.jp/)
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H28(2016)年10月25日 (一般財団法人)日本ITU協会 横田
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